初心者向け歴史教えます(奈良時代前半)

歴史

飛鳥時代が終わりを告げ、再び天皇中心のための政治を作り上げていくのです。奈良時代は新たな身分が出て来るきっかけとなる時代でもあり、人々の生活が変化していきます。そこに注目しながら勉強していきましょう。

では奈良時代を見ていきましょう。

目次

  • 律令制度
  • 平城京
  • 土地を私有地にする人々が増える
  • まとめ

律令制度

この律令制度は飛鳥時代につくられたもので、これを抜きにして話すのは難しいので説明します。

律令制度は、朝廷で天皇とその周りにいる政治をする人たちでつくられました。

その時の天皇の周りにいる人たちが貴族と言われる人たちです。

後に貴族は大きな存在になります。

やはり歴史は人間がつくっていくものなので現代と同じで、

「俺がこんだけやったから、褒美をくれよな。」

と考えるやつが必ず出て来ます。それが貴族の中でも出て来ます。

それはともかく、律令制度でつくった法律が

大宝律令(701)

です。

唐(中国)の政治に習ってつくられたものです。

この法律で定められたことは大きく3つ

1つ目 律(刑罰)

2つ目 令(組織の説明)

3つ目 人々の税

1つ目の律は犯罪を犯した時に戒める制度です。例えば

  1. 笞(ち):刑の重さによって10回から50回までの5段階に分けた、細い竹の鞭でお尻や背を打つ刑罰のこと。
     
  2. 杖(じょう):刑の重さによって60回~100回まで5段階に分けた、太い竹の鞭や棒でお尻や背を打つ刑罰のこと。
     
  3. 徒(ず):1年、1年半、3年までと計5段階に分けた懲役のこと。
     
  4. 流(る):近流、中流、遠流の3段階に罪の重さ別に分けた、島流しのこと。奈良から今の福井県・広島付近を「近」、長野県・愛媛県付近を「中」、静岡県・千葉県・高知県・佐渡島・隠岐島付近を「遠」というように区別されていた。
     
  5. 死(し):絞首刑の「絞」と首切りの「斬」という2種類に分けられた死刑のこと。なかでも「斬」の方が重い刑罰にあてられ、殺人と強盗のみに限定されていた

と言ったものがあります。

笞と杖の罰はめちゃくちゃ面白い罰ですよね。子供じみてます。

それとこの時代からやはり重たい罪は死罪なんですね。

2つ目の令の組織の説明については国と地方の行政の組織の構築を図ったものです。

国の行政は

二官
太政官(八省の総括役と国政を司る最高官庁)
神祇官(太政官とともに最高官庁であり、神祇や祭事を担当)

八省
中務省(勅書の作成や官人の名帳、諸国の戸籍担当)
式部省(婚姻・喪葬・氏姓・文官の人事などを担当)
大蔵省(朝廷の財政・物価の安定の担当)
民部省(戸籍・租税の管理・国家の会計事務の担当)
宮内省(天皇や皇族を中心とした事務担当)
兵部省(武官の人事・軍事全般担当)
刑部省(裁判・刑罰執行の担当)

こんな感じだぐらいでいいです。でもこの当時からすでに手続きとかのめんどくさいことが増えだしていることも事実です。

地方の行政は

国司(国から)

郡司(地方の豪族)

里長(地方の豪族)

に分かれており、国の監視役として国司が置かれていたため、郡司と里長は地方での政治をすることはできませんでした。

3つ目の人々の税は

これを見たらわかるように結構きついです。

これが大宝律令です。制度としては今までにないめちゃくちゃきつい縛りがついたものになりました。

平城京

大宝律令ができ、710年には都を

平城京(奈良)

に遷します。

そこでは色々な物の交換や人々のやりとりが増えました。

そこでできたのがお金です。

和同開珎

と呼ばれるものです。

これでより人々の生活が潤っていきます。

天皇様がより尊いものになっていくのです。

土地を私有地にする人々が増える

人々の生活が潤うとどうなるか。

人口が増えます。増えたことによりあることが起こります。

米が足りない!!

ということで、政府はあることを地方の人たちに許可します。

農地を開拓していいよ!その代わり税はちゃんと納めてね。

あともう一つ許可しました。

ちゃんと税を納めてくれたら、その土地はあげるよ。

この制度が墾田永年私財法です。

そういうことになり、地方では私有地を手に入れる人たち(郡司、里長)が多く現れます。

ちなみにその私有地にすることを荘園と言います。

これがとても歴史にとって面白くなります。

まとめ

奈良時代の最初は

大宝律令ができ

都を平城京に遷し

土地を私有地にする人が増えていった。

です。

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